自己愛
Narzissmus

z.B. 歌曲集『冬の旅』 

 ナルシストの好カップル、W.ミュラーとシューベルト。
 『冬の旅』の「郵便馬車」では恥ずかしげもなく、"Mein Herz?"「私の心よ?」と何遍も繰り返します。

 シューベルトは生の女性と生活の中で関係を築くことができませんでした。実際に女性と生活を共にすれば、あらゆることがきれいごとではすまされません。「'schmerzen' 傷つく」なんてやわなことをほざいて、シューベルトは結局逃げていたのではないでしょうか。女性の表面的な美しい顔'Antlitz'、しかもそれが実物ではない肖像画'Bildnis'だったりして、せいぜい魅惑的な目'Augen'に憧れるだけ。女性の内面までをぐぐっとえぐる勇気があったでしょうか?
 それよりも自分の心'Herz'の気高さだけを保持するために、彼女の元から離れて逃げていたのでは?
 彼にはシューマンのように戦って彼女を自分のものにするような実行力があったでしょうか。『女の愛と生涯』のような本心から女性の身になり、彼女の立場にたった曲をいくつ書いたでしょう。シューベルトにとっても宝物だった女性の本当の幸福をどれほど考えていたのでしょうか?

 男性の迷いや危機感を音楽にしてくれたシューベルト。そう、シューベルトのロマンは男のロマン。その危機感は多分に「自己愛」から生まれているわけで、それも我ら'Schubert Institut'の大きな研究テーマです。その音楽のもつ痛みは、男にとっては我を忘れさせるほどの魔性をもっていて、知らず知らずに引き込まれてしまうのですが、引き返すときには、傷だらけ、といることだってあるのです。